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中原宿 NAKABARU
寒水宿SYOZU

 街道御徒日誌
(かいどうおかちにっし)

  2008年10月12日(日)晴れ

    轟木宿から一気に中原宿まで歩いてきて、いささか疲れを感じてきたが、走りと違って歩くのは自信が有るので
   もう一頑張りしようと元気をだして歩く。
   
    ところが、此処は鳥栖市の管轄から出て、みやき町の管轄に入ったわけであるが、
   とたんに標識・案内・説明板等が見あたらなくなった。
   国道を離れて、旧道に入る東の入り口と、西の寒水宿先の再び国道に合流する地点に「長崎街道中原宿入口」と
   記した新しい石柱が建っているのみである。
   宿場内には一切長崎街道に関する標識類は無いので、事前に調査しておかないと何がどこにあるのか判らず
   通り過ぎてしまう羽目になる。(距離は中原宿、寒水宿合わせて約3km弱である。)
   そんな訳で意外にも時間をとられ予定時間をオーバーしてしまった。
  
    中原宿は鍋島家の知行地であったことにより、ここが本宿で寒水が郷宿であったという。
   しかし距離的に轟木宿と神埼宿の間にあるため近すぎて、あまり宿泊する旅人はいなかっただろうと思われる。
  
    夕方5時を過ぎ、帰りの電車に乗るべく中原駅に向かったが、ここら辺は不案内のため国道からかなり奥に引っ込んだ
   駅を探すのに手間取り、通りかかった女子中学生の二人連れに教わりやっと辿り着いたしだいである。
  
   さて、次はどこの宿場を目指そうか・・・。

                                                              写真撮影2008.10.12



大刀洗峠
正面の坂を登り切ると左に中原入り口


大刀洗峠から中原方面への途中で
見かけた馬頭観世音の巨大な石像


①郡境石跡
三叉路の左の道が長崎街道、右は国道34号線
郡境石跡の痕跡・表示見あたらず。


②東の木戸口跡
表示が一切無いのでここら当たりでは
ないかと推察するしかない。


③馬頭観世音


④白石神社参道入り口の石灯籠
ここから約1km先に神社がある。


⑤祇園宮
治水事業を行った成富兵庫茂安をお祀りしてある。


⑥中原宿町並
人をほとんど見かけなかった。


⑦岡崎屋
唯一残っている江戸時代の旅籠
二階の手すりに「中原驛岡崎屋御定」と紅く印してある。


⑧陰陽石
岡崎屋の前に道を挟んである。


⑨西の木戸口跡
寒水の方から中原方面を見る。
中原宿から来たら左折する迂回道が長崎街道
(直進道と間違いやすい。)


⑩夜泣き地蔵
木戸口から迂回した正しい長崎街道を行くと
右側の竹藪にある。(注意してないと見落とす。)


⑪寒水川
当時は橋が無く飛び石を渡ったという。


⑫寒水宿の町並
ここでも人を見かけなかった。
昔は中原より賑わっていて700戸ほどの人家があった。


⑬祇園神社


⑭お庵(地蔵)


⑮東寒水の町並
東寒水交叉点信号の手前付近
ここを右折すると有名な綾部八幡宮に行く。


⑯道路元標


⑰地蔵堂


⑱西寒水の町並
長崎街道は直進する。


⑲恵比須像
佐賀には恵比須像が多いことで有名だが
こんなところにも「えべっさん」がいらっしゃる。


正面の道路標識が小さく見えるところで
国道34号線と合流する。中原宿の終わり地点

  
⑳中原宿標柱
国道と合流するところが神埼方面から来た場合の中原宿入り口となる。
左が国道34号線、右が長崎街道中原宿入り口

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